求める


 頬をふなりと撫でる刃先、その向こうで笑う薄紫は酩酊したように歪んでいた。クナイを手に取っていたオレの右手、それを掴んで好きなように動かす力は思いの外強く、ひょっとしなくともチャクラを練り込んで使っているのかもしれない。馬乗りになって動きを封じられた体勢、冷たい刃越しに、きりりとひずむような音。思わずごくりと息を飲むオレに、彼女はますます楽しげに頬を緩める。

 チャクラを操る技術の習得は、忍にとって初歩の初歩。まして柔拳使いとして名を馳せる日向の一員であれば、その精度も他の忍とは比べものにならないが……だからこそ日常生活ではむやみに使わぬようにと、白眼の自重と併せて幼い頃から言い聞かされてきた。もちろんそれは、彼女も同じ。
 平時はそういうものに対し過剰なくらい臆病な彼女が、それでもこうして禁を破る理由は何か。何も言わないままゆったり上がった唇は、「家」の言い付けを破っているという素振りも見せず、ただオレの手を頬を体を玩具のように弄んでいる。

 じゅくり、熱く食い込んだ黒色から、痛みと共に血の漏れ出す感触。目尻の際が、反射的にじわりと滲んで。

「……ネジ兄さんは、あったかいね」

 は、と聞き返す間もなく見慣れた顔が近づいて、何か湿ったものが頬を掠めていった。傷を舐め取られたのだと気付いたとき、彼女の瞳は既に藍色の睫毛の向こう。クナイを這う赤い色が、ぺろりと刃の先を舐め上げ……オレが見ているのに気付くと、そのままぽいと刃物を投げ出した。
 ものを食べることを覚えたばかりの子供のように、恍惚と拙く舌なめずりをした唇。甘えるようにそっと、オレの名を呼び。

 ぐいと引き寄せられた手首、その動脈の辺りにほお擦りをされる感覚は、なぜだかひどく落ち着かなかった。あの頃と変わらず切り揃えられた前髪が、さらさらと視界の隅をくすぐって……じくり、じくり、切られた頬の疼く脈拍。軋む両手、気怠く重たい、その痺れ。

「わたしね、兄さんが、すきだよ。」

 彼女はただ、満足そうに目を細めている。