両手首を縛り上げるように巻かれた包帯はぎゅうときつく、不自然に圧迫された傷口からは血のじわりと染み出ていく感じがした。白い色が赤く染まっていく様は見ているだけで痛みを助長していく気がして、小さく眉を寄せたネジは恨めしく目の前の藍色を見下ろす。
 思えば自分は「手当をしてあげる」と言われて彼女に両手を預けたはずなのに、どうしてこんな苦痛を強いられているのだろう。長期任務の出先で怪我をして、それでも早くこのひとの待つ家へ帰りたくて、病院にも寄らずに帰ってきたのというのに。
 不満に思うネジの心中をよそに、少し俯き加減の彼女はきゅっと長い包帯の最後を結びあげた。できたよという声はひどく満足げな色を乗せていて、そのことにネジはまた少し、眉間を狭める。
「………ヒナタ様。」
「なあに?」
「これは、一体、」
 どういうことですか、と続けるはずだった言葉は不意に現れた細い人差し指に阻まれて、形になることなくネジの喉元に落ちていった。平生のたよやかな雰囲気を纏いながら、それでもいつになく強引で不可解な、彼女の行動。
 反射的に口を噤んでしまったネジがまじまじと見上げた先には、ほのかに紅い喜悦の色を浮かべる頬と、きれいな曲線を描く唇があった。そして、にわかにいっそう嬉しげな色に光った薄紫は、彼女の指の下で大人しくなった自分の姿を映していて………それを見止めた瞬間、どうしてだかネジは己がため息さえも禁じられたような気分になった。
 少しだけ待ってて、動いちゃだめよ、と。言い聞かせるように囁く赤い色を見つめながら、ネジは半ば呆然とした心地で「こんなにも明るい彼女の表情を見るのはいつぶりだろう」と考える。彼女の長い睫毛の先を、踊るように幾度も光が跳ねて。いい子ねと微笑んだ赤い色は彼の目尻へとやさしい口づけを落とし、口を利けないままのネジを置いてそのまま何処かに姿を消した。ひらりと揺れる、白いワンピース。その、残像。
 ネジは彼女の唇の触れた辺りに触れようとして、けれどどうにも手が動かせないことに己が縛られているのを思い出した。どうやらひどく、混乱している。何だ。何なんだ、これは。
 自分の置かれている状況を理解しようとするも、彼の思考はまるで働いてくれそうになかった。嘆息するしかないネジの縛られた手首はじんじんと痛み、このおれとて木の葉の上忍、これくらいの縄抜けなど容易いのだから彼女の居ぬ間に解いてしまおうか。と考えたところでふと先程の彼女の笑顔を思い出す。
 彼女の、―――ヒナタ様の、あんなに嬉しそうな笑顔。
 あんな顔は、おれもヒナタ様も幼くて小さかった頃に、見たきりだったな。あの頃は、ああ。呪印の痛みも外の世界も空の高さも知らず、ただ彼女と過ごす日々が楽しくて。ただ、嘘みたいに、しあわせで。本当に久しぶりに、見たな。
 そんなことをぼんやりと思っているうちに再びかたりと音がして、目を遣った先にはヒナタが円く微笑んでいた。それにほとんど無意識に笑みを返しながら、…ネジは己にかけられた「おまたせ」という彼女の甘い声音に、ささやかな幸福を見出した。手首の微かな痛みなど、もうすっかり忘れている。………。

 ぺたりと彼の前に座り込んだヒナタは手元の何かをかちゃかちゃと弄び、少し顔をあげてという己の指示通り軽く上を向いてくれた首元へそっと、いとおしげに指を這わせた。
「ネジ兄さんは、私だけの、だからね。」
 もう勝手に怪我しちゃだめだよと呟いた手は、するりと巧みに、その仕事を終える。そして彼女の耳をくすぐるのは、低く、やさしい、彼の言の葉。
「………あなたがそこに、いてくれるなら。」
 やわらかそうに震える喉骨を飾るような赤い色に、ヒナタはまたにこりと、しあわせそうな顔をして笑った。

ハッピーエンド

「うん。ずっと、ね。」